どこにでも行くドスコイのブログ

Youtubeでおなじみのドスコイのブログ

時が止まったヤバい国「ミャンマー」にタイから川を越えて行ってみたぞ!!

こんにちは、どこにでも行くドスコイです。

今回は、タイからミャンマーへの冒険の旅をお届けします。

ミャンマーは、国のトップが監禁されているという、まさに「時が止まったヤバい国」。そんなミャンマーに、タイから川を越えて行ってみました。

旅の始まりは、タイ人が20年住んでいるベテランの気まぐれバンコクさんと一緒にミャンマーへ。一人だったらもしかしたら諦めたかもしれないですね。

しかし、気まぐれバンコクさんがタイ語を理解しているので、それは力強かったです。

ミャンマーに入国すると、その汚い顔を渡る時が来ました。ミャンマー側に渡り、入国手続きを経て、ミャンマーの町に足を踏み入れました。

ここは、軍が実権を握っていて、時間が止まってしまったような国です。

しかし、ミャンマーの人々は普通に生活しています。町並みは若干違うように見えますが、それは見慣れないからかもしれません。

ミャンマーの旗が立っている景色は、何とも言えない感動を覚えました。

ミャンマーの町を歩いていると、女性が男性もそうかな田中っていうのを塗っているのを見かけました。

また、男性が巻きスカートみたいな博物館を着ているのも特徴的でした。

ミャンマーの町を散策した後、ミャンマーからタイが見える場所に行きました。目の前にタイが見えるこの味わい深いところで、ミャンマーの旅は終わりました。

しかし、この旅は終わりではありません。

なぜなら、私の尻を犬が噛んでしまったからです。

その後、狂犬病になったのかどうなったのかは、週末海外の前の大輔さんのチャンネルで詳しく話しています。

 

※この記事はぜんぶAIが書きました。

どこにでも行くドスコイがこれまでに泊まったホテル まとめ

 

ドスコイが「どこにでも行くドスコイ」チャンネルで泊まったホテルを、アゴダのリンクと共に紹介します。

※今は世界中が鎖国状態なので、この記事内のホテルにはたどり着けません。

 

ドスコイがこれまでに泊まったホテル

インドの船のホテル ドスコイ

「どこにでも行くドスコイ」チャンネルの特徴のひとつに、個性的なホテルに泊まるというのがあります。

部屋から北朝鮮が見えるホテルに泊まったり、インドの汚染された川に浮かぶ船のホテルに泊まったり・・。

 

みなさんもそんな楽しげなホテルに泊まりたいはずなので、ここでひとつづつ紹介します。

部屋から北朝鮮が見えるホテル

 

中国と北朝鮮の国境の街・丹東にある、部屋から北朝鮮が見えるホテルに泊まりました。

国境の川沿いに立ってるので、本当に目の前に北朝鮮・新義州市の街並みが広がり、味わい深い時間を過ごすことができます。

 

このホテルの詳細はこちら↓

北朝鮮が見えるシンアンドンホテル

ベランダでいい感じの朝食を食べれるタイ・ラオス国境のホテル 

 

たどり着けない場所にあるホテルを延々と紹介しても無意味なので、続きはワクチンができた後に書きまーす

【公式】どこにでも行くドスコイのプロフィールを本人が紹介します

どこにでも行くドスコイを最近知った方のために、ドスコイ本人がプロフィールを書きます

 

動画をぜんぶ観るのは大変だし、こうやって文章でまとめてあると助かりますよね

ドスコイの性別

どこにでも行くドスコイ

おばちゃんじゃなくて男です。

 

でも男が好きなんでしょ?という質問もよく頂きますが、ゲイではないです

20代前半の頃に一回だけ女の人とつき合った事があります でもそのあとはずっとそういうのはない

ドスコイの年齢

ドスコイ


1984年7月生まれ 

 

17歳のときにロッテリアでバイトしたら驚くほど仕事ができず、おかしいなぁと思いながら生活。

(学校も辞めまくりで学歴もめちゃくちゃ。でもなんとか高卒とれて専門学校→神奈川大学に編入学した)

 

神奈川大学を卒業後、兵庫県の会社に就職。

そこでも驚くほど仕事ができず、8ヶ月で退職。やっぱりおかしいと思い病院に行ったらADHDと診断される

 

そのあと7つぐらいバイトを辞めまくりながら29歳を迎える。

 

どうせまた辞めることになるんだろうなぁとポスティングのバイト(チラシを家のポストに入れる)をしたら、その仕事は奇跡的にできて命びろいした。

 

その後5年ぐらいポストにチラシを入れて生活。

(「YouTuberになった経緯」につづく)

住んでる場所

自宅の様子


住んでる場所は関西それ以上は言ってないですが、梅田より難波のほうが馴染みがあります

ドスコイの住んでる場所の事を「ドスタヤ」と呼んでます。

4年ほど首都圏に住んでたことがある

新小岩→松戸→日吉の順に住みました。


オーストラリアに1年弱ぐらい住んでた事がある。ワーホリ。そこで英語を習得

韓国語・中国語も独学で勉強してカタコトレベルだけど話せる

YouTuberになった経緯

 

・YouTuberになった経緯
 
 
ポスティング(家のポストにチラシを入れる)のバイトで生計を立てつつ、趣味でブログをやっていた
ブログは文字だけではなく画像や動画も入れていた
動画はYouTubeにアップロードしてそれをブログに埋め込んで表示してた 
ある日ポスティングのバイトで西成の木津川駅あたりでチラシを配っていたときに、駅前がゴミだらけな事に気づいた
↓ 
面白いからブログの記事にしようと写真を何枚か撮った 
動画も撮ったほうがこの異様さがよく伝わるなと思い、駅前のゴミだらけの通路をただ歩くだけの1分半の動画を撮った 
その動画がなぜかバズった
 
ーーーー
 
・コロナ禍の再生数下落からの復活
 
 
2021年3月頃の東海地区のYouTuberさんとのコラボでの数字の改善は一時的なもので、今ふりかえると、あまり重要なことではなかったです。
 
その後5月ごろにGoogleマップ実況が立て続けに大ヒットしますが、ネタに限りがあり、それも一時的な改善で終わります。
 
重要なのはそのあと9月に出した和歌山の新宮の動画です。
観光やグルメではなく「街をレビューする動画」が再生される事が分かり、この動画を境に徐々に街歩きチャンネルに変化していきました
 
当初は大きく分けて
 
・新宮や豊岡、館山など「果て」の街をレビューする動画
 
・浜松や鳥取、岐阜など都会だと思われてない街を「都会」と称してレビューする動画
 
・米原や相生、岐阜羽島など、なぜか新幹線がある街をレビューする動画
 
の3つのシリーズがありましたが
 
年が明けた2022年初頭にだした「佐賀だけど佐賀じゃない唐津」の動画から
〇〇だけど〇〇じゃないシリーズがそこに加わり
 
それ以降、国内の街レビュー動画のサムネや題名は「〇〇は都会」か「〇〇だけど○○じゃない」かのどちらかになっていきました。
 
【以下、コロナ禍以後の試行錯誤→大ヒットの経緯を書きます】
 
そして2022年は多くの海外旅行系YouTuberが再び海外旅行を始めた年であり、僕も5月のベトナム&タイから海外旅行を復活させました。
 
しかし2022年の時点では
 
・まだ一般の人にとって海外旅行は現実的ではなく、海外動画はあまり再生されない傾向にあった
 
国内では旅系の街レビューchという独自のポジションを確立できたけど、海外動画ではどう独自性を出せばいいのかまだ試行錯誤の状態だっ
 
という事もあり、あまり海外動画を積極的に出さず、引き続き「〇〇は都会」「〇〇だけど○○じゃない」動画を出し続けました。
 
〜2023年〜
 
しかし国内街レビュー動画も、年が明けた頃からだんだんあまり再生されなくなってきました。
 
※この時に悩んだ結果、現在の動画スタイルに繋がる「ナレーション主体のテンポのいい動画」をやり初めます
ただこの時はまだテンポの良さだけを意識していて、動画自体の面白さは重視してませんでした
 
 
そんな中、3月頃から韓国や台湾が海外旅行客の受け入れを再開。
日本から近い韓国や台湾なら、国内でやってる街レビュー動画もある程度みてくれるのではと思い、積極的に参入しました。
 
その中で出した「韓国なのに誰も行かない蔚山」の動画がヒット。
 
それをキッカケに、日本の近隣諸国の誰も行かない地方都市の動画を次々と出すようになります。
 
落ち込んでいた再生数は韓国&台湾のおかげでかなり改善しました。
 
 
〜小笠原動画のヒット〜
 
そんな中、9月に小笠原の動画を「日本なのにアジアじゃない島」という題名で出したところ大ヒット。
 
そしてこのあたりから左側が真っ黒なサムネ=ドスコイの動画というスタイルができ始めていて
小笠原動画以降もそのスタイルのサムネで出し続けたら、再生が激増しました。
 
〜2024〜
 
年が明けてからも石垣島の動画が100万再生超えたり、沖縄関連の動画が絶好調。
 
今年は誰も行かないシリーズに加えて「よく分からないシリーズ」が誕生したり、
日本から遠いドバイやオーストラリア、エジプト、ヨーロッパの動画に挑戦したりもしてます
 
そして年があけた辺りから動画の「面白さ」を重視するようになり、濃い視聴者の獲得に力を入れるようになりました。
 
そこからまた再生数が上昇&安定するようになる

 

〜2025年〜

※あとでもっと詳しく書く。

 

春は再生が下落してたが、夏にパラオの動画がバズり

その後は好調

 

大阪万博が始まったあたりのタイミングで

サブch「時々おばさんになるドスコイ」の

有効活用に成功

 

もはやサブchじゃなくなりダブルメインとなる

 

他のYouTuberとの交流が盛んになる。2025年は旅行に飽き始めてた事もあって

人との交流に楽しみを求めるようになる

〜2026年〜

人との交流は満足したので2026年は旅行いきまくるぞと年始に思った

 

1月3日に家を出発して以来ほんとうに行きまくったけど

 

1月は再生が下落してた

2月にサウジアラビアの動画から持ち直して

3月以降hqキルギス、キリバス、ダーウィン、タヒチ、アッサムなど

再生数が20万〜30万再生前後に安定してくる

 

6月にワールドカップ現地観戦へ 日本屈指のニワカというポジションをとり動画を連発する

 

※この記事以外の記事はほとんど2018年以前の暗黒期に書かれたものなので読まないでください

ドスコイ聖地

はたしゅんさんと2021年初頭に共同開催したオフ会

2020年から毎年オフ会をやっており、その会場がドスコイ聖地になってます

 

・うまいもん食堂「さい楽」

大阪メトロ北花田駅から南に徒歩5分。店内入って右にドスコイのサインや時計等が飾ってあります。

ここのチキン南蛮丼が好きで、訪れた視聴者の方々もそれを食べて帰る。

あとさい楽はビールが若干凍りついててキンキン

 

場所はグーグルマップで「さい楽」って検索したらでてくる

 

・仏蘭西菓子アンフィニー

JR阪和線 上野芝駅から徒歩5分

 

ここはオフ会の会場ではないけど、いつも記念ケーキとか作って貰ってるケーキ屋さんです。

 

店内にはドスコイサインが飾られておりドスコイクッキーも売ってます。

ドスコイ

ドスコイのもう一つの名物「生配信」では謎の歌もうたう



 

“いつか死ぬ”のは本当に恐いことなのか?

今回は、一種のタブーとも言える“いつか死ぬことに対する恐怖”について、僕が思うところを書いていきます。

 

結論から言うと「いつか死ぬという事実」は恐いですが、「死そのもの」は怖くないです。

なぜそう思うのか?

以下、できるだけソフトな表現で書いていきますが、寝る前に読み始めると眠れなくなるかもしれません。ご注意下さい。

 

「永遠に意識がない」のは本当に恐い事なのか?

不気味な空

 

人が死を恐れる理由は色々ありますが、その中でも、最も恐いのは「半永久的に意識がない状態になる」事でしょう。

 

生まれてからずっと五感を通して、“この世”の情報が大量に入ってくる環境で生きてたのに、それが急になくなってしまう。

しかも“半永久的に”です。

 

来世があるかもしれないので“半永久的”と書きましたが、死んだ時点で記憶は全てなくなるので
少なくとも「この世」から「今の自分の人格」が永遠に消え去るのは間違いありません。

 

「この世から消え去るってどんな感じだろう・・?完全なる無になるのかな・・」

 

そう思うのも無理はないですよね。僕も5才の時に人はいつか死ぬことを知って、かなり動揺しました。

僕らの意識は毎晩、この世からいなくなっている

 

でもよく考えてみて欲しいんですよ。

 

僕ら毎晩、結構長いあいだ意識失ってますよね?

 

もちろん「寝る」のと「死ぬ」のは違います。死んだ人は夢をみることはないだろうし、呼吸だってしません。身体もありません。

でも「この世を認識していない」という点では「寝る」も「死ぬ」も同じはずなんです。

 

特に夢をみない、深い睡眠(ノンレム睡眠)に入ってる時は「完全なる無」にかなり近い状態です。

五感もほぼ止まってるので、実質、自分の意識が“この世にいない”と言っても過言ではない。

しかもそれは数分とかではなくて、かなり長い時間、しかも毎晩です。

 

もちろん死ぬのとは違って“永遠”ではないですが、6〜8時間ってかなり長いですよね?

つまり身体はずっとこの世にあっても、僕らの意識は毎晩、この世から長い時間いなくなってるんですよ。

 

死ぬとその“長い時間”が“永遠”になる訳ですが、それって恐いことでしょうか?

寝てるときに「起きたい」と思う人はいない

寝てる犬

※寝てる犬です

 

今は意識がある状態なので「意識がない状態」を不気味に思うかもしれませんが、実際に寝てる時は、意識がない自分を“気持ち悪い”と思うことはないですよね。

 

「毎晩、寝てるときにヒマでヒマでしょうがなくて、起きたい衝動に駆られる!」なんて人はいないし、

「毎晩、寝るのが恐くてたまらない」という人も稀です。

 

むしろ「もっと寝てたい!」と思う人のほうが圧倒的に多いんじゃないでしょうか?

 

何度も言うように「寝る」のと「死ぬ」のは違いますが、少なくとも寝てるときには「起きたい!」と思うことはないわけです。

じゃあ死んでるときも「生きたい!」とは思わないんじゃないでしょうか?

 

それならずっと死んでても不都合はないですよね。「生きたい!」と思わないんですから。何も恐くないです。

つまり何が言いたいかと言うと・・

 

この話、かなり反対意見がありそうですが、僕が言いたいのは

 

「永遠に意識がなくなる」のを恐いと感じるのは、それを意識がある状態で考えてるからじゃないか?

意識があるのが普通という世界で、意識がない状態を想像すると恐いですが、実際に意識がなくなってみると、それが永遠に続くとしても何とも思わないはず。

 

だから“死”そのものが恐いんじゃなくて、そこに向かっていくのが恐いだけなんだ。

 

そんな話です。何言ってるか分かりますかね?w

まとめ

 

くどいですが、「寝る」のと「死ぬ」のは違います。だから「寝てる自分」から「死んだあとの自分」を想像するのは意味がないかもしれません。 

でも“死”というのは数少ない「現時点で確定してる未来」なので、タブー視するのは違うと思うんです。

 

老後のことは考えるのに、その先にある死は考えないなんておかしいですよ。

 

“いつか訪れる死”を意識することで、やる気が出たり、癒しになることだってあります。

みなさんも一度、“いつか訪れる死”について自分の考えを固めてみて下さい。

 

以前、死後の世界に対する考えも書いてます。もし良ければ。

www.nihongodedozo.com

このブログを読むと変わる“3つの価値観”

このブログを読むメリット

こんにちは、このブログを書いているどすこいです。

 

当ブログ「どこにでも行くドスコイのブログ(旧名日本語でどうぞ)」は日本語だけで世界中の色んな情報が得られるサイトを作るぞ!と突然思い立って、2年ほど前に始めました。

 

僕が世界のあちこちに行ったり、住んだりする中で得た「独特なモノの見方」を、皆さんとシェアできればと思います。

ちなみに僕のプロフィールを4行で書くと

 

  • 30代
  • できる言語は英語と中国語。英語はオーストラリアで1年ワーホリ
  • 行ったことある国は欧米やアジアの30ヶ国
  • 観光地もいいけど、街歩きのほうが好き。高層ビル大好き

 

です。

 

では早速、当サイトを読むことで得られるメリットについて書いていきます。

その1、世界の見え方が変わる

 

当ブログではインドや北朝鮮を筆頭とした「強烈な異世界」を生々しく紹介しています。

特にインドの衝撃は凄まじくて、実際に現地に行って分かったことを9回に分けて書きました。

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北朝鮮は、上陸はしていないんですが、中国からボートに乗って北朝鮮国内の川を遊覧する事に成功しました。これも記事で紹介しています。

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この船に関しては動画も出しました。

 

この他にも極東ロシアや、バングラデシュなど、異世界を紹介する記事がたくさんあるので読んでみてください。

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その2、英語や中国語のイメージが変わる

 

これだけあちこち行くと、語学に関しても「独自の価値観」が芽生えてきます。

特に英語はこれほど過大評価されてる技能はないと思っていて、その辺の考えもここに書いてます。

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グローバル化する社会で、これからますます英語は必要になる!とよく言われますよね。

 

でも本当に英語は、日本人の大多数にとって必要なものでしょうか?

日本には、英語が必要じゃないのに勉強して、結局使わない生活をしてる人が多すぎます。

 

当サイトではそんな人をこれ以上増やさないために、“意識低め”の英語記事を発信しています。

意識高い系の人からすると「はぁ?」って感じだと思いますが、まぁ読んでみてくださいよ。それなりに納得できるはずですから。

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ちなみに中国語もかなり誤解されてる言語だと思うので、それもここ↓に書きました。

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その3、東京と関西のイメージが変わる

 

日本の二大都市である東京と大阪。

僕は出身が関西で、首都圏にも4年住んだ経験があるので、この二大都市についても色々思うことがあります。

 

特に関西人が訛りがちな標準語を紹介したこの記事↓はアクセスが多くて、当サイトの人気ナンバーワンの記事になってます。

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ここから生まれた「どこにでも行くドスコイ」というYoutubeチャンネルも、日に日にチャンネル登録が増えてます。

(最初はイントネーションを紹介するチャンネルでしたが、今は北朝鮮やインドに行くチャンネルになってます)

www.youtube.com

その他にも・・

 

海外、語学、東京大阪以外にも、極端な持論を述べた記事がたくさんあります。

 

特にこの二つは人気。

www.nihongodedozo.com

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これ以外にも「人が生まれてくる理由」等、この極端な話シリーズ人気なので是非読んでみてください。

 

サイト内の画像は一部を除いて自分で現地に出向いて撮ったものです。転載したい場合はツイッターで教えてください。↓

どすこい(日本語でどうぞ) (@nihongode_dozo) on Twitter

 

このサイトにはGoogle adsenseやその他、アフィリエイトを入れて「お金もうけ」をしています。

吉野家でお腹いっぱいになるかならないか程度の「お金もうけ」ですが、それがブログを続けるモチベーションになってます。

 

今回はアクセスして頂き、ありがとうございました。

英語が話せるってどんな感じ?デメリットも含めてお答えします

何年もかけて英語を習得した人に、英語が話せるメリットを聞くと

「世界が広がった!」「外国人と話せるようになった!」の様な、聞かなくても分かることばかり言いません?

 

語学の習得はものすごく時間がかかるし、徐々に話せるようになるものなので、あんまり細かい事って覚えてないんですよ。
だから詳細に答えるのは意外と難しかったりします。

 

今回はそんな伝えづらい感覚を、ここ10年ぐらいの記憶を頼りに書いていきたいと思います。

 

 

あの何とも言えない緊張感がなくなる

英語が分からない状態で外国に行くとこうなると

英語が分からない状態で外国に行った人の心の中

経験がある人は分かると思うんですが、英語が話せない、もしくはカタコトレベルの状態で海外旅行に行くと、ものすごく緊張しますよね。

 
普段当たり前のように使ってる日本語が全く使えない。何だか言葉狩りにあってるような、あの独特の感覚。

 

僕もまだ英語が話せなかった時に一人で韓国に行ったんですが、韓国の空港に着陸した瞬間からもう心臓バクバクでした。

 

機内の窓から外を見ると、空港の建物にハングルと英語のみで「仁川国際空港」と書いてあるし(日本語がない!)

飛行機の近くで仕事してる整備スタッフの様子も、日本とは何かが違います。

 

英語を話せなかった当時の僕にとって、日本語が通じない現地の人々(特に接客業の人)はもの凄く冷たい印象を受けました。

 

でも英語が話せるようになると、あの緊張感がなくなるんですよ。

 

もちろん英語が100パーセント通じるのは一部の国だけなので、多くの国で言葉の壁はまだ存在します。

英語が全く通じない国だってたくさんありますからね。

英語が通じない国でも英語話せると全然違う

英語表記がない看板

英語が出来ても言葉の問題はなくならない。でも・・?

 

例えば中国やロシアなんかは絶望的に英語が通じません。

英語が話せても、依然としてコミュニケーションに問題を抱えたままの旅行になります。

 
でもそんな国でも、英語が話せるだけで精神的な不安が全然違うんですよ。

通じないのに、ですよ?


なぜかと言うと、そんな国でも現地の人々は「英語は世界共通語」という認識はあるんです。
つまり英語は実際のところ、世界共通語として完全に機能してるとは言えないんですが、

「英語は世界共通語」という“認識自体”は世界共通なんですよ。

 
この事実が、海外に行く際の緊張感を大幅に和らげてくれるんですね。例えそれが非英語圏であっても。

 
「通じないなら意味ないじゃないか」と思うかもしれませんが、このメリットは大きいです。

世界のどこに行っても「世界共通語を話せる人」としてそこに存在する事ができるんですから。

 

「なんで英語も話せないのに外国来たの?」みたいな顔をされる事がないんです。

これは英語特有のメリットであり、英語最大のメリットとも言えるでしょう。

 

 

ただしそれにはデメリットも

 

ただ緊張感がなくなるのはメリットであると同時に、デメリットでもあると個人的には思ってます。 

緊張せずに海外に行けるようになるのは便利でいいんですが、その一方で、海外でしか味わえないスリルや非日常感が大幅に減ってしまうんですよ。

 

言葉が通じなくて困るって究極の非日常だと思いませんか?英語がカタコトしか話せないのに海外に行くのって、これ以上になく恐いですよね。

恐いということはつまり、スリル満点なんです。

 

しかもそれって英語ネイティブは一生感じることのできない感覚じゃないですか。彼らは「英語を話せない人」には一生なれないですからね。

言わば非ネイティブの特権です。

 

それが英語を学ぶことで失われてしまうんです。これ共感してくれる人いますかね。

 

英語が得意じゃない時の方が海外旅行ってスリル満点で面白かったよなぁ~って思います。

英語がカッコイイ言語に聞こえなくなる

 

緊張しなくなるのは話す時も同じです。

 

例えばホテルにチェックインするときも、昔はあんなにドキドキしてたのに、今は何とも思いません。
もう何度もやってるので、もはや「いつもの会話」です。日本でのチェックインと大差ありません。


そういう状態になると、だんだん英語の言語そのものに対する感じ方も変わってきます。
あんなにカッコよく聴こえてた英語が、慣れれば慣れるほど、何の変哲もない、平凡な言語に聞こえるようになるんです。

※たぶん個人差あります

 

カッコイイ喋り方や言い回しというのはもちろんあるし、それをカッコいいと感じるのは変わりません。

でも日常の中で、人々が話してる普通の英語を「カッコイイ」と感じることがなくなりました。

 

ウソでしょ!?って思う人もいるかもしれませんね。

でも日本語を話してる時を思い浮かべて欲しいんですよ。

言語にカッコよさなんてない

 

日本語ってどちらかというと、落ち着いた、キレイなイメージの言葉ですよね。

でも普段日本で生活してる時に、日本語を喋りながら「落ち着いた感じのキレイな言葉だなぁ~」って思いますか?思わないでしょ?

 

本来は言葉そのものに「かっこよさ」「キレイさ」なんてないんです。


英語に慣れてなくて、言葉に含まれてる感情や語感をちゃんと感じることが出来てないから、音の印象だけが伝わって「かっこいい」と思うに至る。

習得が進めば進むほど、その言語が普通の言語に聴こえるようになるんです。


中国語だってそうです。


実は僕、英語以外に中国語も数年やってるんですが、意味が理解できるようになると聴こえ方が全く変わりました。

以前この記事でも書きましたね。

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外国語だけじゃなくて方言でも同じです。


僕は普段、関西弁を話して生活してるんですが、ガラの悪い言葉を話しているという感覚はありません。

関西人にとって関西弁はあくまで「普通の言葉」。言葉自体にガラがいいも悪いもないんです。

あるのは“ガラのいい喋り方”“ガラの悪い喋り方”だけです。

 

言葉は単なるツールなので、ずっと使ってると、それ自体のカッコよさなんて見えなくなるんですね。

便利さと引き換えに失ったもの

 

「カッコよく聴こえなくなる」なんて些細な事なので、デメリットという程ではないです。

でも何だか、便利さと引き換えに夢がなくなった感じがするんですよ。

 

これまでは

かっこいい言葉が世界共通語になってる世界(でも話せない)」

に生きてたのに

 

話せるようになると

平凡な言葉が世界共通語になってる世界(でも話せるから便利)」

になってしまった。

 

ちょっと悲しい。


これ共感してくれる人いますかね?いないかなw

まとめ 

 

いろいろ書いてきましたが、英語を話せるようになって変わったことは結局、冒頭に書いた

「世界が広がった!」

「外国人と話せるようになった!」 

 

の様な、聞かなくても分かることに集約されます。

細かいところを書いていくと、こんな心の動きがあるかな〜?という感じ。

 

繰り返しになりますが、今回書いた事はあくまで僕が感じたことなので、個人差あると思います。

こんなことを思う人もいる、ぐらいに考えて下さい。

 

僕の言いたいことは以上です。

30代になると流行にウトくなる原因は「脳の老化」だけじゃないよ!

「30を越えるとだんだん流行についていけなくなる」といわれます。

 

僕も10代や20代の頃は「そんなまさか〜」と思ってましたが、30代になった今、本当にそうなりつつあって軽く“老い”を感じています。

 

新しいものを受け入れ難くなってる最大の理由はもちろん「脳の老化によって柔軟性が失われてつつあるから」でしょう。それは言うまでもないです。

 

でも本当にそれだけでしょうか?僕は他にも原因があると思うんです。

 

今回はそれについて書いていきます。

 

 

 

“新しい流行”は若者向けに作られてることが多い

若い人向けの食べ物

“新しいもの”は若い人向けに作られてることが多いですよね。

 

例えばこの記事を書いてる2019年2月時点で人気のものだと

  • Tik Tok
  • インスタグラム
  • YouTuber

なんかは30代以上が“比較的新しいもの”と認識してるものだと思います。これらは3つとも、人気なのはほとんど若者向けのコンテンツです。

TikTokは女子高生が楽しそうに踊ってるし、YouTuberは小・中学生が喜びそうなバカ騒ぎ動画がたくさん並んでいます。

 

「Tik Tokおじさん」とか「ビジネスパーソン向けの意識高い系YouTuber」もいるにはいるんですが、そんなのほんの一部ですよね。

ほとんどのコンテンツは10代か20代向けに作られていて、30代以上の人が観ると、どうしてもバカにしてしまうと言うか、違和感を感じるものが多い状況になってます。

 

この“違和感”が、新しい流行についていく上での大きな障壁になってると思うんですよ。

なぜ30を越えると違和感を感じてしまう?

若者向けの流行

 

なぜ30代になると「若者向けのコンテンツ」に違和感を感じて、時にはバカにしてしまうのか?

これ答えは単純で、自分を「若者だと思ってない」からなんですよ。

 

若者だと思ってないから、「若者向け」のものを観ると若干ひいてしまう。自分を「若い」と思ってる若者と同じ目線でコンテンツを見れなくなってしまうんです。

 

10代と20代は「若者」という共通点があるので、まだ感覚的には近いと思うんです。

20代後半にもなると少し若者感が薄れては来ますが、まだ「おじさん」「おばさん」とは違いますよね。

 

その時点ではまだ「若者」という感覚は捨てきれてないはずです。

 

でも30代になるとそれが変わるんですよ。

31〜2歳ぐらいまではまだ「若者」の余韻はあるんですが、それを越えるとだんだん自分の中に「中年」という意識が芽生えてきます。

 

その時、価値観が急激に変わるんですよ。生まれて初めて若者じゃなくなるんです。

 

そんな中で、女子高生が楽しそうに踊るTik Tokなんかが出てくると、もう全くついていけません。

20代の子すら同じ目線で見ることが出来ないのに、女子高生なんてもう「児童」にしか見えない。

 

そんなのを観てる自分が恥ずかしいとすら思えてきます。

そしていつの間にか新しいものに触れなくなって、時代のアップデートが止まってしまうんですね。

 

自分を若者だと思ってるか、そうじゃないか。この違いは脳の老化と同じぐらい重要だと思うんですがどうでしょうか?

過去の自分を否定されてるような気持ちになる?

 

あともう一つ、新しいものを受け入れ難くなる理由としては、「今まで自分がやってきた事を否定されてるような気持ちになる」というのもあると思います。

例えばこのツイートを見てください。

 

 

これかなりリアルな未来の老害エピソードだと思いませんか?w

今必死で英語を勉強してる人たちはドキッとする話だと思います。

 

若い頃に必死で英語を勉強して、やっとの思いで話せるようになったのに、数十年後に国際的なビジネスの現場で

 

「そんな日本人訛りの英語より、自動翻訳が話す完璧な英語のほうが相手も聞き取りやすいので、これ使ってください」

 

とか言って自動翻訳のデバイス渡されたら、上のツイートのセリフ言いたくなりますよねw

 

「新しい流行」は、別に受け入れられなくても個人の自由だと思いますが、

新しい“テクノロジー”に関しては、あまり拒絶すると老害になりかねないので、そこは無理にでも受け入れたいとこですね。

まとめ

 

ということで今回の話、短くまとめると

  • 新しい流行は基本、若者向けに作られている
  • 30を越えると「自分は若者」という意識がなくなるので、若者向けのものに違和感を感じるようになる
  • その結果、時代のアップデートが止まってしまう。

 

たぶんTik Tokおじさんのような、30を超えても新しい流行を楽しめるような人って、自分が中年だと言う意識がないんじゃないですかね?

新しいものを受け入れられないのは僕はカッコ悪いことだと思うので、そういう人ホント尊敬します。

 

常に年相応である必要はないですもんね。以上、どすこいでした。

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大阪がメディアに出てくると必ず道頓堀なのはなぜ?

大阪がメディアに出てくるときって、大体いつも道頓堀か新世界ですよね。

 

少なくとも東京メディアに、梅田やOBPの高層ビル群がドーンと登場したり、中之島の都市的な景観が映し出されることは基本ありません。

 

カオスな感じの街で、カオスな見た目のおばちゃんが大きな声で喋ってる。それが大阪のステレオタイプなイメージとして全国的に定着しています。

 

なぜそんな事になってるんでしょうか?

 

よくネットには「東京は大阪が嫌いだから、“カッコイイ大阪”のイメージを意図的に全国に流さないようにしている!」とか書かれてたりします。

僕も昔はそれを信じていました。

 

でもここ数年、こうやってブログを始めてコンテンツを作っていると、考えが変わってきたんです。

東京メディアがミナミばっかり使いたくなる気持ちが今は分かるんですよ。

 

今回はそれについて書いていきます。

 

 

道頓堀は大多数の大阪人にとって「大阪らしい場所」じゃない

大阪のグリコの看板

 

写真は大阪でいちばん有名な景色とも言える、グリコの看板。

 

このグリコの看板がある道頓堀の一帯は、関西以外の人が想像する「ステレオタイプの大阪」そのまんまの場所で、とにかく町中がド派手です。

 

観光客にとってはこの場所こそが大阪らしさを感じられる場所で、テンションが上がるスポットだと思うんですが、

多くの大阪人(特に北摂の人)にとって道頓堀は全くそんな場所ではありません。

 

こんなド派手な世界で日常的に生活してる大阪人なんてごく一部だし、そんな道頓堀が大阪のイメージとして定着してる事を迷惑に思っている人たちもたくさんいます。

特徴的な風景のほうが都合がいい?

 

だって地元をメディアで紹介してもらうなら、普通はその町の一番イメージのいい所を映してほしいじゃないですか。

特に大阪のような大都市だと、高層ビルが立ち並ぶ様子や、洒落た街並みなど「大都市らしい姿」を映してほしいと思うのは当然ですよね。

 

でも残念ながらコンテンツを作る側はそういう風には考えないんですよ。

 

作り手としては、少しでもその街が持つ個性を活かしたくなるので「カッコいい風景」よりも「特徴的な風景」を使いたくなるんです。

 

例えば東南アジアのタイを紹介するコンテンツだったら

洗練されてるけど他の国にもありそうなビル群

 

洗練された高層ビルの写真もカッコよくていいんですが、それよりも

 

タイ特有の建物

 

こんな感じの写真の方が、コンテンツを作る側としては「おっ、これ使おうかな」となります。

 

だってこっちのほうがインパクトがあるでしょ??それに何と言ってもこの写真すごくタイっぽいですよね。

現地のタイ人もそう思うかは分かりませんが、少なくとも日本人の目から見てこの建物はタイっぽく映るはずです。

 

それに対して1枚目の高層ビルの写真はどうでしょうか。

 

洗練はされてるものの個性が弱いので、パッと見でどこの景色か分からないですよね。アメリカと言われれば信じてしまうレベルです。

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別にこの写真を使うと読者が混乱する!とかそういう事はないと思います。でもわざわざこんなタイっぽくないものを使おうとは普通思わないんですよ。

例えそれが現地の人にとって日常的な風景だったとしても。

 

イメージ画像には多少ステレオタイプが入った“無難な画像”が最適なんです。

「大阪=ミナミ」は無難な選択がくりかえされた結果

 

東京メディアが道頓堀や新世界の映像を使うのも、たぶん同じような理由のはずです。

 

ミナミのド派手な街並みは「首都東京とは違う文化を持った西の大都市・大阪」をイメージする映像として、とても都合がいいんですよ。

 

梅田や中之島の景色はミナミに比べて上品でカッコイイんですが、個性が弱いので、大阪をイメージできる「無難な風景」としては使いづらいんです。

 

例えば大阪の話をするときに 

 

中之島

 

こんな写真を出されても、どこなのかサッパリ分からないですよね。

「東京の天王洲アイルのほうのビル群だよ」と言われても信じてしまうレベルです。(中之島の風景です)

 

東京メディアがミナミの風景ばかり流すから知られてないだけだ!という見方も一応出来なくはないです。

でもさすがにこの景色は大阪ならではの特徴がほとんどないので、“無難な写真”にはなり得ないでしょう。

 

こういう東京と変わらない風景を「大阪の風景」として定着させるよりも、

大阪にしかない道頓堀のような景色を定着させるほうが簡単だし、観るほうにとっても分かりやすいんです。

 

そんな“無難な選択”がくり返された結果、今の「大阪=ミナミ」というのが出来上がった。

 

そう思うんですがどうでしょうか?

「東京は大阪が嫌い」はウソ?

新宿の高層ビル群

「東京のステレオタイプ」とも言える新宿のビル群

冒頭で「東京は大阪が嫌いだから、意図的に大阪の悪いイメージを全国に広めている!」というのを紹介しましたが、これも僕は違うと思うんですよ。

 

「東京」という言葉が誰を指してるのか不明ですが、それが「東京の一般人」を指してるんであれば、大阪を嫌ってるのは東京人全体のほんの一部だと思います。

 

東京の大多数の人は大阪が「嫌い」なんじゃなくて「興味がない」んです。

 

大阪の観光地に興味がある人はたくさんいるはずですが、

大阪の「街そのもの」に興味がある人はかなり少数派だと思います。

 

だって考えてみて下さいよ、東京と大阪って500キロぐらい離れてるんですよ?

日本最大の都市に住んでる人が、500キロ彼方の“大きめの街”の規模なんか気にするわけないじゃないですか。

 

大阪の人だって、名古屋とか福岡の街がいかに発展してるかなんて興味ないでしょ?でも観光地には興味がある。それと一緒です。

 

「観光地への興味」は距離が離れていても関係ないですが、「街そのものへの興味」は距離が離れている場合、今住んでる街より大きいかどうかが重要になってくるんです。

 

だから東京メディアが映す大阪は、観光要素が強いミナミばかりになる。

これも「大阪=ミナミ問題」の大きな理由の一つだと思います。

まとめ

 

ここまで持論をつらつらと書いてきましたが、短くまとめると

  • ミナミは特徴的なので「首都東京とは違う文化を持った西の大都市」をイメージするのに“都合がいい”
  • よほど特別な街じゃない限り、500キロも彼方から「観光以外の部分」に注目してもらうのは難しい
  • 東京は大阪が「嫌い」なんじゃなくて、観光以外の部分に「興味がない」だけ。

 

そんな話でした。東京と大阪の都市規模の比較に関してはこの記事で

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関西弁と標準語の比較はこの記事で

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色々書いてるので、ぜひ読んでみて下さい。 今回は以上です。

おまけ

 

東京と大阪のノリの違いは、ほぼ言葉の違いだ!っていう動画。